Brass 24周年記念

黄昏時、東武伊勢崎線竹ノ塚駅で同僚と分かれると、中目黒ゆきに乗った。車内で読みさしの本、中村真一郎『魂の暴力』を開く。経済学者の「僕」、日本人とフランス人の混血児「パリの女」、幼児期の性暴力が原因で記憶を失くした「ジャンヌ」の三角関係が本格的に始まった。「僕」はすでに古希を過ぎているが、還暦を過ぎていよいよ女ざかりの「パリの女」と、そして、おそらく未成年の少女「ジャンヌ」と、並行して肉体関係を続けている。「僕」は「パリの女」に対しては「恋人」として、「ジャンヌ」に対しては「父親」としての愛情を抱くが、実際の「僕」は持病の神経症の治療のために彼女たちに依存し、利用しているのである。「僕」は三人の関係を平和的に解決する手段として、「家庭」を築こう、と提案するが、私はここに男のエゴイズムと、人間の地獄を見る。『魂の暴力』は、中村真一郎のポルノグラフィー小説《四重奏》の第3部にあたる。途中の巻から読んでも楽しめるのは、仕事の中心に長編小説ロマンを志向し続けた文学者の力業を感じさせる。ちなみに第4部は『陽のあたる地獄』。中村真一郎の小説を読んでいると、私たちが頁をめくる動機は「物語の楽しみ」を求めているのではなく、本当は「怖いもの見たさ」なのだ、という事実を痛感させられる。

魂の暴力

魂の暴力

北千住駅で途中下車。喫茶 珈琲物語で一喫する。取り置きの『読売新聞』を読んでいると、「アリゾナ州 リベラル、ヒスパニック票浮上」と報じられている。やはり、新聞は右、左、保守、革新など、単純なイデオロギーでは割り切れない事実を目の当たりにして嬉しくなった。物語ブレンドをおかわりする。

夜風が冷たい。もうすぐ晩秋である。身体を温めたくなったので、Bar Brassに寄る。最初はオールド・ファッションドを頼む。ウイスキーに砂糖とビターズを加えただけのシンプルなカクテルだが、果物を飾るなど、その店の流儀が現れるので、見ていて、飲んでいて飽きないのである。その次はティフィン・ミルクを試してみる。うーん、カルーア・ミルクの方がリキュールの主張(いま変換した時、「腫脹」と出たので苦笑した)が強く出ていておいしいかもしれない。最後は雪国。93歳、現役バーテンダー、井山計一さんが考案したカクテルである。ベースはウォッカだが、コアントローを加えているので、風味はXYZに近い。新奇をてらわないクラシックなカクテルだ。グラスの縁に散りばめられた粉砂糖もいいアクセントになり、舌を楽しませてくれる。

勘定を済ませると、マスターが御土産を持たせてくれた。Brassの24周年記念グラスとのこと。毎年作っているらしいが、今年は思い入れも一入ひとしおだろう。毎年が人にとっても、店にとっても、掛け替えのない思い出に満ちた一年なのだ。今宵はこのグラスでイッパイやりますか。

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Brass 24周年記念グラス

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角瓶と仲よし