酒・女・文学

ヨハン・シュトラウス2世円舞曲ワルツに「酒・女・歌」というものがある。私は若い頃、円舞曲はほとんど聴かなかった。もっぱら、交響曲ばかりで、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン、ジャン・シベリウスリヒャルト・シュトラウスなど、孤独、闘争、平和など一貫した主題テーマを感じさせるもの、もっと言ってしまえば、真剣なもの、深刻なものを好んでいたのである。それに比べれば、円舞曲などは、社交的ソーシャル、浅薄なものに感じられたのである。いわゆる〈ドイツ的なもの〉を偏愛していたのである。この傾向はそのまま私の文学の趣味に当てはまる。それはこれからも変わらないだろう。しかし、交響曲が花開いたのはドイツ=オーストリア語圏であれば、円舞曲が花開いたのもドイツ=オーストリア語圏である。孤独と社交は一枚のコインの裏と表なのではないか。

29歳の頃だろうか。会社の出張の帰り、都営大江戸線のホームで会社の同僚と「これから私たちは如何に生きるべきか」話していた。彼女は画家志望、あるいはデザイナー志望であった。私より年上だった。

私は人と会話をしている時、打ち解けてくると、敬語とタメ語を織り交ぜて話す。律儀であると同時に砕けている。これはもともと私に備わっている気質なのかもしれないし、もしかすると、年齢、性別を、自分にも相手にも感じさせないで交流するために後天的に獲得した技法なのかもしれない。しかし、当人は人一倍、年齢を、性別を意識しているのかもしれない。これが実情だろう。「三十にして立つ」と誰かが言ったが、私たちは焦っていたのである。

これからの人生、何を大切にして生きていけばいいのか。いつまでも若くない。人生は短いのである。この問いに対して私は、

「僕は文学だな」

と答えた。すると、彼女はすかさず、

「あと、酒と女ね」

と、余すことなく言った。